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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

Eテレ「SWITCHインタビュー達人たち 行定勲×宮本輝」を観て。“書かずに書く”。

TV番組 日々のコト 生き方 読書

こんにちわ、SUMIKICHIです。

ごくごくたまに観ている番組・Eテレ「SWITCHインタビュー達人たち」。随分前に録画したものを観まして心に残ったコトをざっくり綴らせて頂きましょ。

今回は、『世界の中心で、愛をさけぶ』などのヒット映画を手がける行定勲さんと『泥の河』『螢川』など日本文学界屈指の名作を次々生み出す宮本輝さんが第一線で輝き続ける秘密を語り合う、というもので、主に宮本さんのお言葉を備忘録。

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宮本輝さん、現在69歳。
神戸生まれ、中学生の頃、父親が商売に失敗し、浮気したりして、母親がアル中に。中学2年のとき母親が睡眠薬を飲んで自殺を図る。親戚から電話があったが、自分が行ったら母が死んでしまう気がして、押入れで借りていた「あすなろ物語」をずっと読んでいた。夕方、父に押入れをあけられて、本を読んでいる自分の姿を見て、またバタンと
閉めた。読み終えるまで出なかった。そんな状況で読んでも感動した。そのとき、文学ってすごいもの、小説って素晴らしいものだと思った。しかし、小説家になろうとか夢にも思わなかった。

大学卒業後、広告会社入社、23歳。広告のキャッチコピーを書く仕事をした。28歳、サラリーマンを辞め、作家の道に進むことを決心する。自分が作る広告は消費物、次から次へと消えていくことがつらくなり、残るものが書きたくなった。

3年間だけさせてくれと、妻に頼んだ。心の中では3年では無理だなと思っていたが。
30歳、デビュー作『泥の河』が第13回太宰治賞受賞、そして、2作目『螢川』で第78回芥川賞受賞、たちまち文壇のエースに。これまで、小説を書くのは嫌だと思ったことは一度もない。忍耐だけはあったのかもと言う。

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そんな宮本さんのお言葉の中からいくつか。

人間にとっての“原風景”というのはひとつじゃない、それぞれの年代によってあると思う。けれど、根本となっているのは、人間形成されたとき、世の中というものにふれたとき、他人を知ったとき、そう思って遡ると、(自分の場合)小学生1〜3年までもどらざるをえない。それは、大阪の河と河が集まってくる場所。小学1〜2年の頃、水上生活者が非常に多かった。その人たちが暮らしている舟に一歩入ったときのにおいとかがこびり付いている。一番書き残しておかなきゃならないもの、見たものは汚くても、僕の心の中では昇華されて、非常に美しいものに変わっている、そんな中から、ひとつ、選び出して書いておこうと思った。それが『泥の河』。

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書きたいという意欲があっても、書けるかというと別のことになる。例えば、今日5枚書いた、で読み返してみたら何かものすごく大事なものが抜け落ちている、すると書き加える、ここも、あそこもと。そして、もう一度読み返すと、ますます離れていく。『泥の河』を書く前悩んでいたら、小説の師匠が、僕が一生懸命書き加えたり、最初から大事にしていた書き出しとかを鉛筆でぴゃーっと全部消した。なにするんですか!と怒ったら、「ここからここを無しに書き始められたら、君は天才になれるんや」と言われた。けど、僕のお気に入りの7〜8行を勝手に消しやがってと腹立った。家に帰って、ふと夜中に師匠の言うとおり、そこをなかったものとして読み返したら、はるかに良かった。あのときわかった、“いかに削るか”。付け足していくのではない、書きたいものを書いてはいけない、“書かずに書く”。

金槌で釘を打つのも、力任せに打ったって釘は打てない、コンコンと金槌の重さを利用して打つ。こういうふうにして説を書いていく。僕が最初に習ったのは、“取ってしまう”ということ。何か足りないというときは、もっと足りないようにする。『泥の河』を書き終えたとき、これができるようになった気がした。

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作家・水上勉さんに励まされたときの話。
金看板が一枚あるだけで、千両役者だぞ。作家は山ほどおるけども、その作家の持つ山に生えてる木が一本か、百本か、千本か、最初のものを読んだらわかるんだと、おまえは『泥の河』だと、それを読んだら、おまえという、宮本輝の山にはなん百本もの大木が生えてるとわかるんや、って。じゃあ、僕は希望を持っていいんですね、と言った記憶がある。

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行定さんは、以前「錦繍」の映画化をお願いしたが、舞台化と重なっていて実現出来なかったよう。ちなみに、私もこの本を読もうと思っていましたが実現してません。

行定さんは、宮本さんの短編はどれをとっても映画になると言う。小説でしか出来ない描写を映画で表現したいと。

これを受けて宮本さんは、どうぞ勝手にやって下さいと言う。30枚ほどの短編を映像作家さんたちが色々くっつけて100枚にした方が成功する気がする、原作に遠慮せず、自由にやっていい、抑制と省略は別次元、こっちは覚悟して原作をお渡しするんですから、とざっくばらん。

 

私の世代では、ドラマにもなった『青が散る』も有名なんでしょうかしら、ほかにも結構映像化されていますよね。やはり、書き続けられる作家さんには、つらくも悲しくもあり、でも昇華された美しい鮮明な原風景があり、言葉にできる能力があおありなんでしょうね。“書きたいものを書いてはいけない”“書かずに書く”。これって、人間関係にも通じる気がします、私は。

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日々感謝です。