今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

Eテレ「あしたも晴れ!人生レシピ~どう見直す?夫婦の関係~」②を観て。負の感情に利子・・。

こんにちわ、SUMIKICHIです。

 レギュラー視聴しているEテレ「あしたも晴れ!人生レシピ」、今回のテーマは~どう見直す?夫婦の関係~。人生の後半戦を迎え、配偶者との距離感や時間を再構築している2組の夫婦が登場。私、独り者ですので参考にさせて頂けないかなと思いますが、“生き方”としてざっくり備忘録しときましょ。長いので①と②に記事を分けまして、こちらは②でございます。

 

sumikichi52.hatenablog.com

 

   f:id:sumikichi52:20161129202954j:plain 

続いて2組目、妻のやることを夫が支えているケース。
東京品川区、駅から少し離れた場所にある一軒のお好み焼き&鉄板焼きのお店。夕方6時の開店準備をしているのは、瀧村希未絵さん52歳。3年前に長年の夢だったお店をオープン。ひとりで切り盛りしている。一番人気はお好み焼き。大阪出身の希未絵さん、味にはこだわりがあり、使う生地はほんのわずかスプーン一杯しか使わない。生地が多いお好み焼きは、ホットケーキみたいに固くなって食べた後胸焼けがする。客は、料理の美味しさだけでなく、気さくな希未絵さんの人柄にも惹かれてお店に来るよう。夜11時過ぎに閉店。そこに現れたのは夫の昌陽さん53歳。金融関係の会社に勤める昌陽さんは、毎日仕事を終えた後、お店の片づけにやって来る。実は、料理好きだった希未絵さんにお店の開業を勧めたのは昌陽さん。「この人(希未絵さん)、べらべら喋るから商売しても向いてるんじゃないかと思って」。 

  「最初、ごはん屋さんをするんだみたいなことをよく言ってて、半分は
   叶わない夢だと思いながら喋ってたところはあるけど、夫が50歳過ぎから
   だったら守りの体制に入ってしまうので、50歳前にやる気があるんだっ
   たらやってみたらどうかっていう、まず主人の方から言ってくれた」

希未絵さんは飲食業に関わったことがなく、夫と出会った時は兵庫県で看護師をしていた。42歳の時、乳がんと診断され、手術のため神戸の病院に入院。その時、同室の乳がんの60代の女性と出会い、見合いを勧められた。

  「夜、カーテン越しに、結婚しているのかとか歳はいくつとか身の上調査
   されて、そのまま正直に答えたら、丁度うちの息子といいじゃないかって
   言われて、いえ、43歳になるちょっと手前で年齢も年齢ですし、まして
   やお母さんより軽かったとはいえ、こんな病気もしてますし、いや、
   ちょっと・・と言ったんですけど」

断ったものの、度々希未絵さんに電話が入り、半ば根負けする形でお見合い。その相手が昌陽さん、最初の印象は「親孝行のつもりでとりあえず会わせてもらった。癌というのが頭に正直あっけど、全然元気そう。僕より元気だなと思いながら、よく喋ってくれるし」とのこと。

  「真面目そうだし、でも、ごめんね、全然かっこよくないし、会う前に写真を
   見て、わぁーっ(がっかり?)て感じだったけど、一緒にご飯を食べても全然
   嫌じゃなかったので。私の中では、お友達もそうだけど、ご飯を食べる時に
   気を遣う人とは一緒にいられないなとというのがあって、主人とは何回も
   会っていないのに、お行儀もよくて、そこはポイント高かった。
   ただそれだけだった」

         f:id:sumikichi52:20161129202952j:plain

二人は何度か会うたびに心惹かれるようになった。そして、出会って半年後に結婚。44歳と43歳。希未絵さんは仕事を辞め、東京で新婚生活スタート。その後、姑からひっきりなしに電話がかかるなど過剰な干渉が始まる。

  「早く仕事に出なさい、遊びにお金かけてどうするんだ、とか・・ちょっと
   鬱みたいになってしまって。気づいたら主人に、大阪に帰りたい、一人に
   ならせてほしいって言ってて」

追い打ちをかけるように試練が。乳がん治療のホルモン療法で体調不良、子宮摘出手術。結婚して2年後の冬のこと。昌陽さんは、「子供を持とうと結婚したわけではなかったので全然意識していなくて、受けたらいいんちゃうん」と慰めたが、気持ちが塞ぎがちな妻を見かね、あることを思いついた。

希未絵さんが夢見てきたお店の開業を提案した。それまで同僚20人位家に招くことがよくあり、妻一人でさばいていた。日頃からいろんな料理を工夫して出してくれたり、その二つがあったので、飲食店も出来るかなと思ったよう。

  「言われたら言われたで怖気づいたけど、人生一度しかないから乗っかって
   みようと思って。何回も、すぐ軌道に乗るわけじゃないけどいいの?って
   確認して、うんって言わせてから開店計画をたてた」

         f:id:sumikichi52:20161129202953j:plain

準備期間に1年をかけ、店舗は夫婦一緒に探した。開店資金は夫婦の貯蓄6割、希未絵さん借入4割。しかし最初の2年間は赤字続き。厳しい状況に夫婦の関係も揺らいだ。

  「苦虫潰したような顔で手伝ってくれて、ドンパチドンパチ喧嘩して、
   近所に聞こえるんじゃないかという位大きな声で。主人も大声で怒鳴って
   出て行ったり」

喧嘩をしながら夫婦で相談し、料理も工夫した。食材は国産のものを扱い、手作りにこだわったメニューは20種類以上取り揃えるまでになった。そして、3年目。地道な努力が実り、お店が軌道に乗り始めた。昌陽さんは、仕事終わりで店に立ち寄り外から中の様子を見て、お客さんがいたら入らずに帰って、(希未絵さんが)寂しそうにしてたら入って話を聴いて、がいつものパターンだと話す。通常は、一旦帰宅して仮眠をとった後、店に戻り深夜2時頃まで後片付けを手伝う。

一方、希未絵さんは、夜中まで手伝ってくれる夫を妻として支えている。毎朝6時半に起き、朝食と弁当を準備する。夫の健康を気遣い手作りの料理を食べさせたいと考えている。朝ごはんも一緒に食べ、夫を送り出している。

毎日遅くまでお店を切り盛りする希未絵さんと妻の夢をサポートする夫の昌陽さん、夫婦になったことで同じ目標を持ち、共に支え合っている。40代で出会った二人。夫婦になって幸せですか?

  「やっぱり、いろんな事があったので、はい!と即答できないけど、主人は
   性格も優しいし、真面目だし、口には出さなくともいろんな事を考えてくれ
   てるし、寛容な面もあるのですごく感謝している。二人で生活している方が
   楽しい。自分一人で生きていくよりは楽しいのかな~と思っている。
   これからもそのつもり」

 

スタジオでの補足・・
お互いリスペクトは大切。だけど、リスペクトするには、相手に“個”としての時間を許すということも必要。人間の持っている寿命って時間。だから、相手の時間を使ってもらえるというのは、相手の命の一部を頂いているくらいの有難いことなんだと思った方が上手くいく。ハッピーに暮らすコツは、あらゆる人間関係と同じで、こまめなメンテナンスが必要。そのためには、いちいち褒める、いちいち感謝する、そして、こまめに謝る、は鉄則。溜めてしまうと負の感情に利子がつく。一年に一回くらい家族サービスをして返済出来たと思いがちだが、それは、ついた利子をただ返してるだけで元本は減っていない。(これも面白い表現だな)。あまりに夫の役割、妻の役割に期待し過ぎると、これやってくれて当たり前、なぜやってくれないの?となる。相手は自分とは異なる人間で、言わなきゃわからないし、尊重しなきゃいけないんだということを前提に相手が言ってることに感謝。 (完)

   f:id:sumikichi52:20161129202955j:plain

夫婦の視点とは全く違うのですが、「50歳過ぎると守りに入る、何かをするならそれまでに」「実現したらと言われて怖気づいたけど、人生一度きりしかない、乗っかってみよう」「叶わぬ夢だとわかりつつ、日頃から口に出してみる、そして、振舞ってみる」などなど、50歳過ぎて未だに、グジクジ、ウジウジ彷徨っている私には効くのでございます。ちょくちょく耳にする言葉ですが、繰り返し繰り返し心に留め置くようにしますと、少しずつすこーしずつ暗示にかかったように染みついていくような気がするのです。気のせい?しかし、物差しで測ることもカタチとなって目にすることも出来ないので、実感はないのです。まだまだ、言葉探ししてる段階で、そして、それで満足してるのかもしれないなぁ。そうそう、お二人の「一人で生きていくよりも、二人でいる方がたのしいかなぁ~なんて」というシンプルな気持ちにもちょっと心が揺れましたが、今同居している居候Kくんとの暮らしをふと思うと、肉親であっても、ダメだな誰かと暮らすのは、と再認識していますので、この先も狭い世界で生きていくことになりそうでございます。じゃあ、夫婦関連の話題を備忘録するな!って話ですかしら。

         f:id:sumikichi52:20161129202951j:plain

日々感謝です。