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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

新番組!Eテレ「あしたも晴れ!人生レシピ〜ライフチェンジ!新たなトビラが開く〜」を観て。

こんにちわ、SUMIKICHIです。

Eテレ「団塊スタイル」の後番組、「あしたも晴れ!人生レシピ」がスタートしましたね。番組HPでは、心も体も変化し、この先を考え始める50代以降、 「これからどんな人生を歩んでいきたいのか」と問い始めた人たちを応援し、 健康、住まい、お金、ファッションなど、幅広いテーマで“生活を豊かにするヒント”をお届けする情報番組。あなたの人生が明日も晴れますように!という思いを込めて・・とあり、ほぼ前番組と同じ感じですね。MCは賀来千香子さんと高市佳明アナで若返ったようです。53歳の私としましては、引き続き視聴いたしました。

初回のテーマは〜ライフチェンジ!新たなトビラが開く〜。人生の後半戦、これまでとは違う生き方に挑戦し、新しい人生の扉を開いた女性たちを紹介。

では、印象に残った女性をざっくり備忘録しときましょ。  

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熊本県阿蘇村に住む小松丸昌子さん、52歳。
7年前、無農薬のハーブや野菜を使った化粧品を販売する会社を設立、‘自然のもので人はきれいになれる’というこだわりの化粧品は工場近くの道の駅や移動販売などで売られ、人気が口コミで広がり今では従業員10人、取引先は50社にまで増え、年商4,000万円までに成長。

熊本市内で生まれ育った小松丸さんは、福岡の短大卒業後、もともと会社経営には興味がなく花形だったコンビューター会社に就職。4年後、より良い働き口を求めて化粧品会社に転職し、最初は事務職だったがやがて化粧品が肌に与える影響について関心を持つようになる。その時代、急にアレルギーやアトピーが言葉として出てきて、なぜそうなるのかを勉強した。そこで思いついたのが安心・安全な化粧品作り。

そのアイデアを実現させようとした背景には当時40代という年齢が大きく影響した。歳をとるにつれ、自分がどうなりたいかというのが凄く重要になってきた。そんなとき、定年退職後、熊本市内から南阿蘇村に移住した母・勝子さん(現在72歳)が無農薬の野菜作りをしていたのを見て、これで化粧品を作れないかとひらめいた。日頃自分が食べている野菜と比べても味が濃くてしっかりしている、そこに生えているハーブが他の所のものより香りが良かった、などが起業のきっかけとなった。

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勝子さんは、「いろんなお洒落な野菜が食べたいと思って作ってただけなのに・・気づいたらいろんなことやらされてる」と笑う。

 

そう決めてから、小松丸さんは45歳で会社を退職。自分の退職金と地域の補助金を合わせて、平成22年に約2,000万円で会社設立。「これは私がやったものだというものが何もなかった。何か残すものが凄く自分には必要だった。自己満足だけど。また、50代、60代、70代になったときに自然の肌でいたいな、どうなっていたいかを考えた」と当時を振り返る。

設立後、一年かけて自分の理想とする化粧品を開発し、販売開始。使用した人からの‘他のものは使えなかったけど、こちらのは肌に合う’という声に勇気づけられた。社長になった小松丸さんは細々した作業も自分でやり休みがない。が、つらさはなく生甲斐となっている。楽しみにしているのは、従業員たちとの昼食会。おかずやご飯はみんなの手作り、独身の彼女にとって、ここがホッとできる家族の団欒の場。「みんなが私のやりたいことについてきてくれる。とても感謝している」と素敵な笑顔で話す。

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 そんな小松丸さんには、まだまだやりたいこがある。乾燥したハーブやオーガニックで育てたブルーベリーに紅茶や紅いもなどをブレンドしたお茶、うるち米と古代米をブレントした玄米コーヒー、オレンジやイチゴ、生姜などの材料にハーブを混ぜたハーブティーなど、様々なオーガニック商品を世に送り出しているが、それらの材料を作り始めて気づいたことがある。

農業は、生産して出荷するだけなら利益は凄く少ない、機械代でほぼなくなる。小松丸さんは、「うちで加工することによって付加価値をつけて売り、オーガニックの農家さんを支援出来れば未来の農業になるなと思い頑張っている」と言い、2年前、オーガニック生産組合を作り理事長に就任。そして、去年は観光協会の理事にもなり、南阿蘇村をアピールするため農業体験などのイベントを開いたりして精力的に活動を開始している。

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その想いを強くしたのは、熊本地震の経験。一部のビニールハウスが壊れ、田んぼに土砂が入り、復興とともに南阿蘇をより良いカタチに変えていきたいと考えている。「南阿蘇は空気もいいし、病気もなくなるくらい良い場所。元気がないときにここに来て、美味しいものを食べて健康になり、南阿蘇に行けば癒されるよといわれる場所にしたい」と。

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小松丸さんの生き方を観て、何より表情がいきいきして溌剌とされているなと感じます。がむしゃらに肩肘はっていなくて、自分の想いに正直に動いていらっしゃる。その想いは、自分さえよければ、ではなく真逆の、みんなのために、世のために、小さくても自分ができることをやる。想いがシンプルです。私のように欲が全て自分に向いているのが恥ずかしくなります。

人生50年の時代から、現代は人生100年の時代で、自分の人生を設計して舵取りが可能な時代。言い換えれば、折り返し地点の50代(本当は40代かな)で、重要なこととそうでないことがわかってくるので見つめ直さないとこんなはずではとなってしまいますね。いえ何もりっぱにとかお金持ちにとかではなく、自分にとって何が大切か、何をして生きたいか、どうなっていたいかですよね。

人生後半の生き方って、周囲にはまだまだモデルが少なくて・・。人それぞれ状況が違うので、正解も見本も成功もないんですけどね。番組を観ながらつらつら考えましたら、自分のやりたいことをしたいから早期退職したものの、少し先の自分の姿(目標)が具体的な映像としてまだイメージ出来ていないなぁー、例えば、自分が歌をうたうことと世の中のためになることとを結びつけることができるかなーとか詰めが非常に甘いです。と申しますか、ただ好きに歌い続ければいいんじゃない?必然があれば広がるし、とにかく閉じこもらず開かなくては、とも思いますし。まだまだ理屈が先行する日々でございます。

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でも、日々感謝です。