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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

Eテレ「100分de名著 ガンディー『獄中からの手紙』」第4回〜よいものはカタツムリのように進む〜を観て。

TV番組 生き方

こんにちわ、SUMIKICHIです。

ガンディー『獄中からの手紙』、第4回(最終回)は、ガンディー思想の根底に流れている宗教観や労働観など奥深い思想を読み解いていくという内容。ではざっくり備忘録。

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番組冒頭、糸車をまわして糸を紡いでいるガンディーの写真を出し、なぜこのようなことをしていたのかを説明。ガンディーが機械に支配されている近代文明に疑いを持っていた、手仕事が重要だと考えていたから。背景にあったのは、糸のもとになっている綿花問題。インドでは綿花がたくさんとれるが、イギリスに輸出し、機械を使って大量に布製品を作り、それらがインドに戻って付加価値がついた値段で買う、といった“富の流出”を招いている、だから、自分達で作っていこうと言い始める。

“スワデーシー”、スワ・・自らの、デーシー・・国、大地という概念。日本語では、国産品愛用運動と訳されることがあるが、ガンディーが考えたのは、狭い意味ではなく、大地に重きを置いた。どんな意味だったのか?手紙の中でこう記している。

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自分達で糸車をまわし自国品を普及することが今のインドにおいて出来る最も重要な奉仕だという。

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しかし、単に外国製品を嫌うということではないとも言っている。

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“地産地消”という言葉が日本にもあるが、自分たちの土地で自分たちが作っていくこと、出来るだけ隣人に奉仕しながら相互補完的にやっていくながら、別の世界を作っていかないといけないと考えだのではないかという。

そして、ガンディーは、インドは40度を越えるとても熱い国なので休むことも必要だ、落ち着いていろんなことを考えたり、他の重要な仕事に携わったり、スピードをゆるめることが文明的なものだと考えていたのであろう。

ガンディーは労働に対して、“パンのための労働”という言葉をよく使っている。手紙にもこうある。

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私たちの命は、食べることで成り立っている。大地から出来たものを食べている。私たちと大地はつながっている。この関係を取り戻すことが重要、とすると農業重視だと。

近代的な医者については、近代的なものは必要ないのではという。医者が治してくれるからいいやと暴飲暴食してしまうのではないかと。

ガンディーが問題視したのは、便利になるってことは一体何なのか?ということ。便利になることが欲望を後押ししてしまっているのではないかと。

伊集院さんは、「痩せようと思ってジムに行くんですけど、奥さんに車で送ってという。ジムのマシンの上で歩くんですけど、ジムまで歩いて行けって話ですよね」と笑いを誘う。さらに、「大地で出来たおコメを食べてカロリーコントロールすればいいんですけど、世の中おいしいものがたくさんあって、なかなか人間抗えないですよね」という。現代の私たちに出来ることは、手仕事とか奉仕の範囲を、手の届く身近なところから始めることらしい。

 

ガンディーは現在のグローバル経済の問題点を見越してたかのように、小さな村落社会、顔が直接見えるコミュニティーを非常に重要視していた。

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まず身近な人に奉仕せよ。例えば、かつて商店街とかは、単に買物をするんじゃなくて、元気?とか声掛けして自分を確認したり、人とのつながりあいを保つための重要な社交の場だったはず。けれど、大型スーパーだと無言で買ってレジを出て、家に帰って来る。このように効率的なのが果たして幸せになっているのだろうかと問いかけている。ガンディーは、“モノを単に買う”という行為を、単なる消費とは考えていなかった。誰から買うのか、ここの農家の作ったものを私たちが買うことで農家を支えている、逆に、買ってくれる人の健康は農家の人が支えている、この支え合える関係が大切。都市に住んでいる人は、まわりの農村を支えなさいと言っている。

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また労働力も、便利という名のもとにどんどん効率化されてきた。例えば、近年では派遣労働問題。あなたじゃなくても替わりはいくらでもいる、代替可能性をつきつけせれる労働形態だ。今、日本で問題なのは“居場所のなさ”。孤独死問題をはじめいろんな問題が社会現象につながっている。ガンディーは、そういう世界の中では人間はなかなか生きられないんじゃないの?と考えた。ガンディーの考え方を表わす言葉がある。

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スピードを出すってことは、俺が正しいんだ!この通りやるんだ!という人間の能力に対する思い上がり。ゆっくり進みましょう、“永遠の微調整”とガンディーは考えた。社会を一変するような魔法はない、一歩ずつ進まないと着実な変化は生まれない。若い指導者には遅いように見えただろうが、実はインドへの非常に大きな近道だった。

 

そして、ガンディーはどのような最後を迎えたのか?
1946年、インド独立が目前に迫ったが、イスラム教徒だけで国を作りたいという人々とみなが一緒に独立すべきという人々がもめていた。

8月、交渉決裂。カルカッタで約4700人の死者が出るほどの激しい抗争勃発。ガンディーはひたすら周辺の村々をまわり、抗争の鎮静に奔走。そして、“あなたたちが闘いをやめるまで断食する、死んでもかまわない”といい、やせ細ってガリガリになっていった。人々は、この姿を見て争うことをやめる。

しかし、1947年、イスラム教徒だけの国を目指した人々はパキスタンとして独立。ガンディーの望んだこととはかけ離れたカタチとなった。

1948年1月30日、ヒンドゥー教原理主義者による暗殺でガンディー死去。ガンディーのイスラム教への態度があまりに寛容であることへの怒りによるものだった。インドのために捧げた78年の生涯だった。

 

スタジオでは、結果だけ見ると、インドとパキスタンはまだ争っていて、ガンディーの試みが本当に成功したのかといわれると色んな問題があるが、イスラム教徒とヒンドゥー教徒の対立を食い止めたことは事実。政治的に紛争解決の手段はいろいろあるが、ガンディーはそれらを使わなかった。これは、ガンディーのたった一回の軌跡なのか、そうではない気がする、ガンディーを殺したのはもしかしたら自分じゃないのかとそれぞれに内省させるような方法、これが平和につながるんじゃないかと解説。

最後に有名な言葉。

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先生は、常にガンディーの人生に自分が照らされていると思う、あそこまでやった人がいる、お前はどうなのか?と、もちろんなにも出来ていないけれど、一歩ずつ、自分を見つめ直しながら社会を見ていきたい、と言う。

伊集院さんは、まずまわりの人にありがとうと言ってみることから始めます、と決意していた。

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 番組とは全く関係ないのですが、争いをやめるまで断食を続けたというガンディーの姿を想像していましたら、以前NHKで放送していた「千日回峰」中のガリガリに痩せて瞳孔が開きかけた僧が浮かびました。この行は、失敗したら自死するきまりなんですよね。いつかブログに綴りたいと思ってはおります。話がソレました。「死んでもかまわない」って、一体なんなのでしょうね。学生時代に習ったのはガンディーのほんの一部でした、と申しますか、インパクトある都合の良いところだけしか記憶してませんでした。たった100分で理解いたしました!というのはおこがましいのですが、多少なりとも学び直せて良かったです。

日々感謝です。