「NHKスペシャル 又吉直樹 第二作への苦闘」を観て。もう読んでしまった感じ。
こんにちわ、SUMIKICHIです。
先日放送された「NHKスペシャル」で又吉直樹さんの第二作の執筆に半年間密着しておりましたので、興味深かったところをざっくり備忘録しときましょ。
又吉さんの執筆場所は、東京都内にある、築30年の風呂なしアパート、6畳一間、家賃4万円。この部屋を選んだのは、食うにも困った時代を自分に忘れさせないため。
今回書こうとしているのは恋愛小説。
主人公は売れない劇作家。その苦悩を全身で受け止める恋人。二人の関係が様々な出来事を経て変化していく物語。実は、この作品は「火花」より先に書き始めていたが、60枚分を書いたところで書き進められなくなった。そんなとき、別の小説の依頼が持ち込まれた。一気に書けた。それが「火花」となった。恋愛小説はそのまま寝かせた。
「こっちは、もしかしたらもっと時間かけて書くもんやな、という気がしたん
ですね。」
勝負の第二作として続きを書くことに決めた。
9月。
本格的に執筆開始。寝る暇もないほど忙しい日々だが、久しぶりに4日間のまとまった休暇がとれ札幌へ。20歳のとき2ヶ月間小樽の劇場で住込みの仕事をした経験あり、よく札幌に行っていた。
「その頃は精神的にしんどい時やって、わりと敏感になりやすい場所。当時の
心境に近づけるかなって」
主人公の内面に、自らの下積時代の心情を投影しようとしていた。自分の才能を信じるものの、誰にも認められない挫折感や焦燥感など、あの頃が蘇ってくる。だからここを執筆場所と決めた。
「今書こうとしている主人公は、自分の創作が一番優れているとか他の人を
認めないとか、みんなにバカにされる対象なんですよね。わりと僕もそう
なんで・・」
現実にいたら近寄りたくない人物にいかに共感してもらうか作家の力量が試される。
主人公の恋人は、明るくまっすぐな女性。評価されず孤独な中に沈み込む劇作家が彼女と出会い、物語が始まる。
一日10枚以上は書けているが、十分な手ごたえをつかめずにいた。「火花」のときは、登場人物が書き手を離れ、ひとりでに動き出したという。今回はまだその瞬間が訪れていない。
「どうしても書けない部分が自分の中であるから、耳すませて、登場人物や
語り手に僕が一緒にならないといけない」
今回又吉さんに執筆依頼したのは新潮社。太宰治や芥川龍之介も寄稿していた文芸誌の編集長、矢野さんは又吉さんのことを「彼には才能はある。その才能にふさわしい二作目ができるか・・・途中までの原稿を読んで“排水溝”が飛び込んできた。なにげないところだけど、それを見ている主人公の心のありようそのものが伝わってきて」と言う。
どこでもないような場所で、
乾ききった排水溝を見ていた。
誰かの笑い声が
いくつも通り過ぎ
せみの声が無秩序に重なったり
突然消えたりもしていた。
10月。
100枚まで書いたが進まない。覚悟していたが、仕事が途切れなくあり執筆の時間が取れない。執筆場所に入っても、現実を離れ物語の世界に入り込むのは時間がかかる、なかなか切り替わらない。
又吉さんは、子供の頃から自分はへんな人間だと思っていた。内向的なくせに周りの期待にこたえようと道化を演じたり、喧嘩をかって出たり。なぜそんなことをしてしまうのか自分でもわからず、葛藤に苦しんでいた。そんな又吉さんを救ってくれたのが、太宰や芥川の小説だった。自分と同じ苦しみを持つ人がいることを知った。文学は頭のいい人たちだけのためにあるのではない。そして「火花」を書いた。たしかに本を読まない若者も手に取ってくれたが、“むずかしい”という人が多かったことにがっかりした。
「じゃあ次はもっとわかりやすくしようと思うんですよ。自分が面白いと思う
ものを残したままわかりやすく書きたいなって。わからん奴はええわって
僕はならないんですけど」
文学性と大衆性を両立させられるのは‘恋愛小説’かも知れないと考えたが、登場人物は生き生きと動き出さない。
執筆の壁にぶつかると、上京4年目にひとり暮らしをしていた木造アパートのある場所に来る。風景を見て自分にぶつけて、反応したものを頼りに進んで行けるから。
「昔から金ないくせにこだわりが強い。机とか買って」
思いきって3万円のソファーを買い、そこに寝そべると安らいだ。先の見えない生活でのささやかな幸せ。又吉さんはソファーのの記憶を二人の幸せの象徴として小説の中においた。
「しんどいときもあったでしょうし、楽しいときもあって、振り返ると自分の
人生がいとおしく感じますね」
10月下旬。
又吉さんの中で恋人たちの物語が動き出した。300枚まで書き進め第一稿まで仕上げた。しかし、矢野編集長は「恋愛に比重がかかりすぎ、劇作家の内面をもっと掘り下げるべき、今度の又吉さんの書いた本の読者は100年後なのかもしれない、だからどれだ売れるかよりも、どれだけその場所で小説を深くできるかを考えて仕事してる」と書き直しを求めた。
自分では手ごたえあった原稿だった。又吉さんの掲げた目標は‘わかりやすさ’だから恋愛小説を選んだのに、矢野編集長のいう劇作家の苦悩を掘り下げることが正しい方向なのか迷っていた。しかし、編集長の壁を超えないと掲載はない。
12月下旬。
書き直しにとりかかる。苦悩を描けば恋愛にも奥行きが出るかもと考え直した。主人公に背負わせる苦悩を自分の心の中から探す。
「登場人物のつらいやろうなぁーと思うことを探すのは、書く方にもけっこう
精神的に削られる面があるんでね。意識の奥底におりていき、自分自身も
気づいていない、認めたくない嫉妬、悪意を見つけ出す。自分で自分のことを
変、とか変わっているって言うのは30代くらいになってきたら恥ずかしく
なってくるじゃないてせすか。だからみんな普通のふりするじゃないですか。
でも、人前で出したら気持ち悪がられたり、非道徳的なものとか、倫理が欠落
してるものとか、ほんまに思ってる部分を言い始めたら地獄じゃないですか。
でも、文学とかはそれを取っ払えて、それが当たり前やから、だから地獄の
ような部分を表現する場所がないと」
劇作家の主人公がライバルの活躍を耳にし、独白する場面。
矢野編集長は「推敲力に興奮した。物凄い腕力だなと。この登場人物の‘屈託’、人間の感情の複雑な部分ですが、又吉さんという人が、人間の屈託に呪われた作家、とりつかれた作家、共感しにくい人間って何か変なわけじゃないですが、心がある種いびつなのかもしれないし、そのいびつさを自分自身も抱えているかのような気にさせられる。人間の愚かさをどう書くかというのは簡単なことじゃない」と語る。
1月下旬。
36年前に芥川賞受賞した作家・古井由吉(79歳)さんと会う。又吉さんが密かに師匠と仰ぐ作家で、小説を書いてみたらとすすめた人。「小説の面白さは破綻の面白さ。途中で破綻したのをなんとかつぶれないように乗り切った、そこで火事場の馬鹿力みたいなのが出てくると読む方に感動与える・・又吉さんだから書けるものがある」と又吉さんを励ます。
2月上旬。
古井さんの言葉を支えにゲラの推敲に取り組む。
「どんな生活をしている人にもほんまに必要なもの、真理みたいな核の部分が
あるので、それをちょっとでも書けるといいかな。なぜこんな人間が存在
しているのかということを暴力的に書くんじゃなくて存在しててええやん、
じゃないですけど、みんなにちゃんと意味あんねんで、そういうことくらい
しか書こうとならない」
かつて葛藤を抱えていた又吉さんがる太宰や芥川に救われたように、ひょっとしたら自分の作品も誰かを救えるかもしれない。辿り着いた言葉がある。
「本当によく生きて来られたね」だれにも伝わる平易なことば。
矢野編集長も、そのことばがキーワードだと感じた。「恋愛小説の恋愛のレイヤー(層)のもっと下にある運命のレイヤーっていうのかな、掘ってるうちにそこに辿り着いちゃった、小説の中ではある期間しか書かれていないけど、最後のページを閉じた後も、主人公たちの人生が何十年と続く感触を感じるんじゃないかな」と語る。
掲載決定、タイトルは「劇場」。
2月下旬。
300枚完成、半年間の苦闘が終わった。
「職業作家として書き続けられるかどうかまだ自信はない。けど、自分にしか
書けないものがあるということは自信がある。書き続けなければならないと
いうのはあるけど、小説家として生まれてきたわけでもないので、自分が
できるとかやれるとかいうふうには思わない。ただ書くだけやし、やるだけ」
第三作のテーマはまだ決まっていない。
毎度のことですが、だらだらと長くなりました。まるで又吉劇場ショート版のようでございます。途中、又吉さんが意識下に潜ってまだ語れない部分や口に出せば地獄のような悪について語るシーンでは、一瞬自分も試みてしまいそうになりましたが、私、凡人ですので引き返せました。極論ですが、もし万が一私が小説を書く時(ありえないけど)は、死にたくなって遺書がわりとしてのことでしょう。えっ?それって、太宰?
それにしても又吉さんは幸せ者だと思います。大人の事情もあるのでしょうがこんなに注目されているのですから。そして、苦闘までもがボケのような気がします。私は又吉さんファンでもアンチでもないのですが、番組でのリアクションなどを拝見していると、たまーに、相手のはないことを色々自分の中で瞬時に吟味してひとこと発していらっしゃるけれど、心の奥底になにか虚無とか刹那とか・・浮遊感とか・・上手く言えなくてすみません、異質なものを感じます。平たく申しますと、「嘘っぽいやん・・と今思ってる自分はなんやろ」ってことでしょうか。ん?それは私か。
日々感謝です。