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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

Eテレ「100分de名著〜中原中也詩集〜「死」を「詩」にする〜」第4回を観て。“狂想”から静かな部屋へ。

TV番組

こんにちわ、SUMIKICHIです。

20代の頃からうーっすら気になっていました詩人“中原中也”。Eテレ「100分de名著」1月の特集はその“中原中也”。

本日、第4回は、〜「死」を「詩」にする〜。晩年の中也の詩には、「死」がつきまとう。中也が「詩」によって死とどう向き合ったのか、「詩」は絶望から人を救うことができるのかを考えていくという内容。

では、備忘録としてざっくり綴っておきましょ。

 

昭和9年、詩集「山羊の歌」は文壇で好評を得て、中也は詩人としての希望を抱く。東京での親子三人の暮らし。中也は息子・文也を可愛がった。
昭和11年、29歳。こんな詩を詠む。

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太田さんは、決して立身出世とははるか遠く、自信も持てないけれど、いいじゃないか、明るく行こうよと“明るい諦め”を感じ、新たな希望が湧いてくると言う。

穂村さんは、中也の詩は、“遥かなるもの”への想いや憧れが繰り返し出てくるが、この詩を書いた頃にも12歳の時の自分を懐かしむ一方、今は子持ちになって生活世界にも生きている、昔は女房子供を背負っていく自信がないよと言っているから、その二つに引き裂かれているイメージがあると話す。

伊集院さん、救われるのは、最後に大人の立場で自分をさとす“いたわしいものですよ”という締め方がちょっといい、大人として生きて行く覚悟を感じると言う。

 

そんな中也に最後の悲しみが襲う。

    文也も詩が好きになればいいが。
    二代かゝりなら、可なりなことが出来よう。
                       「日記より」

 

昭和11年夏、万国博覧会に行った。この時のことをこう書く。

 「七月末日、万国博覧会にゆき、サーカスを見る。飛行機にのる。坊や喜びぬ。帰途不忍池を貫く路を通る。上野の夜店をみる。」

しかし、その三ヶ月後、文也は小児結核にかかり、2歳で生涯を閉じる。息子の死を前にして自分のすべてが無と化すような衝撃をうけ、文也の記憶をこの世にとどめようと、原稿用紙に思い出を一気に書いた。やがてそれは詩のカタチになった。

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私たちは中也の背景を知って、この詩を読んだが、もし知らずに読んだらどうだろうか、とすると不思議な詩だ。博覧会はかなしからずや、って何度もリフレインされるけれど、別に哀しいものではなくどちらかといえば楽しいもの、一番幸せな状態に全部“かなしからずや”をつけておくと、読者はただならぬことが起きたんだなとは思うけれど正体は何か、最後まで出て来ない、“死”という言葉が出ておらず幸福の絶頂みたいなシーンでこの詩は止まる、そこに凄さを感じる、と穂村さんは言う。

さらに、最後の四行あたりで、最も幸福な一瞬を言葉の力で永遠に留めたい、最後の“!”マークに万感の想いが宿っていて中也の気迫みたいものを感じるとも。

 

そして、もうひとつの詩。

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伊集院さんは、なんか狂気が入ってきた感じでなんとも言えない・・と口を閉ざす。太田さんは、人間絶望が強すぎると軽みの方へ行くしかないと言葉少なに言う。

穂村さん、出だしから強烈、生活世界に生きている私たちはハードルが高いけれど、この気持ちがないわけじゃなく、憧れるところがあると思う、と話し始める。中也は純度の高い人だから、想いが強くてそれが彼を追いつめたっていう印象、おどけてるけどおどけきれなくて、壊れてるところがあり、“ハイ、では、みなさん・・”あたりはだいぶ向こう側に・・純粋さの裏返し・・。

解説を聞いていた伊集院さんは、唯一まともだと思うのは、タイトルに“狂想”という言葉があること、もし“春日”だけだったらもう終わりじゃないか、それだけが拠りどころと言う。

 

愛する者を失った中也は少しずつ精神を病み、昭和12年、入院。退院後、文也のいた東京には戻りたくないと鎌倉に転居するが結核にかかりさらに衰弱していく。故郷の山口に帰る決心をすると、第二詩集「在りし日の歌」を編集しその原稿を友人の小林英雄に託す。あとがきにはこう書かれてあった。

       さらば東京!
       おゝわが青春!

 

しかし、帰郷の願いかなわず、詩人・中原中也はわずか30年の生涯を閉じた。
たった四行の詩が原稿用紙に残されていた。

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穂村さんは、生活世界で生ぬるくもがいている自分なんかからすると、自分の代わりに生きて燃え尽きた、魂を燃やしたっていう印象で中也を捉えてしまって、本人はとうの昔にいないけれども、言葉だけが残って、それを読むことでその魂に生々しく触れる、やっぱり凄いなって思うと語る。

最期に、伊集院さんは、生活と芸術の世界を行ったり来たり、芸術の神様が生活世界に居ようとした中也を許してくれなかったという気がする、また、“言葉の無限の力”ってことに対してあらためて襟を正すかんじ、希望もあるし恐ろしさもある、と締めくくった。

 

長年気になりつつも放置していました中原中也さんの世界。実際の詩集を読み込んでいませんので、この番組を観ただけで「よっくわかりましたっ!」なんて申せませんが、“家政婦は見た”的な柱の陰から片目で覗き見した程度にはなれたのかしら。中也の背景を知らず「夏の夜の博覧会はかなしからずや」「春日狂想」を読んだら、自分は何を感じるのでしょう。なんか闇っぽいよね、危ないよね、程度なのでしょう。

どうでもいい話、絶筆「四行詩」に合う写真を撮りためた中から選んでいましたら、“いっつもテキトーに写真を選んで作って(遊んで?)るけど、ホントにその写真でいいの?”と批評家の自分が鋭い指摘をするのでございます。上手く表現できませんが、この「四行詩」に合う写真は、つまり、自分が最期に見たいモノなんじゃないのかなー、ならばまだ出会ってないかもと、ふと思いまして。そう気づけて、今は日々テキトーに撮っていますが、そのうち自分が見えてくるんじゃないの?とちょっぴりワクワク感ありでございます。たった四行の詩から想いは広がりました。

それと、穂村さんの言う“中也が自分の代わりに生きて燃え尽きた”の言葉にハッといたしました。たしかに!ちょっぴりありますね。けれど、手の届かない遥かなるものに憧れ続ける凡庸な自分、それはそれで良いのではないでしょうか。刺激的な一ヶ月、いえ、シリーズごございました。

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日々感謝です。