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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

Eテレ「100分de名著〜中原中也詩集〜「悲しみ」と「さみしさ」をつむぐ〜」第3回を観て。そうだったのか、名辞以前。

こんにちわ、SUMIKICHIです。

20代の頃からうーっすら気になっていました詩人“中原中也”。Eテレ「100分de名著」1月の特集はその“中原中也”。

本日、第3回は〜「悲しみ」と「さみしさ」をつむぐ〜をテーマに、中也の代表作「生い立ちの歌」「月夜の浜辺」などを読み解きながら私たちにとっての「悲しみ」「さみしさ」の意味をあらためて見つめなおすとともに、それを癒していくものとしての詩の力を浮き彫りにしていくという内容。

では、備忘録としてざっくり綴っておきましょ。

 

中也が東京に出て5年が経とうとしていた。その間大学の予科に入学するも半年で退学。相変わらず何者でもなかった中也は、世間体から父親の葬儀にも出ることがかなわない。思うようにならない日々の中、中也は自らの人生を振り返る。

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雨ではなく、雪で表現することによって、悲しみが雪とともに積もってゆくという効果がある。幼年期は大切に育てられ、青春期は霙や雹などに表されているように、いろんなことを経験し絶望の果てに、24歳で急に達観した心境に達している。

この詩は同人誌「白痴群」に発表されたもの。9人の仲間で発行していたが中也ひとりで書いていた。代表作となるものも多く発表。
しかし、一年後廃刊。仲間が去って行き、中也はショックを隠し切れない。中也は人が大好き過ぎて、人懐こくて、人恋しくて、好きになると毎日でも押しかけるタイプ。泰子との別れから仲間との別れと、この頃のつらい時期を本人は“雌伏の時”と言っている。

 

ここで、新しいゲスト、歌人穂村弘さんは中也のことを、「詩人」のイメージの原型、“The「詩人」”だと言う。小柄で目がきれいで、生き急ぐように破滅的に生きて、死後仲間にあいつは凄かった、といわれるイメージ。後年、歌謡曲のサビのフレーズだと思うような“忘れられない”フレーズや“殺し文句”が必ず出てくると話す。
穂村さんの好きな詩がある。

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ボタンは洋服についていないと役に立たない、月夜の浜辺はボタンにとってアウェーな状態、だけど、それが不思議な魅力につながっていて、洋服じゃなくて別の所に置かれて宝石とか月のかけらとか、別の存在感を持ち始める気がする、と言う。

伊集院さんは、どこかにこのボタンを失くした人がいるということがおもしろい、浜辺の波打際にあるというのもよくできていて、彼の捨てがたいボタンをもう諦めている人がいるというのが、個人的にはワクワクする、と話す。

 

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“ゆあーん ゆよーん ゆあゆよーん”のオノマトペ擬声語)は、びっくりするような言葉ですが、サーカスのブランコの揺れるリズムと七五調のリズムを響き合わせるのは凄いと、穂村さんは言う。無意識のセンスなのか、天性のリズム感なのか、テクニックなのか、もう区別できない領域。普通は“ぶらーん”とか“ゆらゆら”で、オノマトペをやりすぎると否定されるが、これはギリギリのところ。中也は“言葉の運動神経がいい”。

 

中也は、「芸術論覚え書」で次のように記している。
「これが手だ」と、「手」といふ名辞を口にする前に感じてゐる手、その手が深く感じられてゐればよい。=『名辞以前』

例えば、“悲しい”と口に出す前の悲しみとか“好きだ”と口に出す前の想いとか、そっちの方が純粋で、実は“悲しい”“好きだ”って言ってしまった瞬間から、もうそれはこの世のものになっちゃう、秘めていたときの無色透明の純粋さが失われる、みたいな感覚が我々にもある。けれど、言わなきゃどうにもならないから言って暮らしているけど、中也はそのこと『名辞以前』(言葉になる前の世界)に潔癖にこだわった。

 

これに対して伊集院さんは、知り合いの言葉を例にあげる。最中を食べるときは必ず“パクっ”“モグモグ”ではなく、“スナフ”と言う、僕はすごく感激したんだけど、これに近いこと?穂村さんは、似ていますねと同意。

“万能ツール”の言葉と“専用ツール”の言葉があり、中也は全部“スナフ”(専用の言葉 ゆあーんのような)で埋めようとした。この世に初めて、今まさに出た言葉で記述できればという潔癖さがあったのではないか。“詩は本当の言葉の向こうにある”と中也はくり返し語ったよう。

 

そして、『芸術世界』『生活世界』、この二つを中也はきっぱり分けていた。誰しもどちらにも入って生活しているけれど、中也は『芸術世界』だけで生きようとし、二つに引き裂かれていた感覚があったのかもしれない。

 

その後の中也の人生は・・・
昭和7年、詩集の出版を目指すも上手くいかず、だんだん神経を病んでゆく。そんなとき、郷里の母親からの見合い話。昭和8年、遠縁の女性と結婚。

そして、詩集「山羊の歌」出版。翌年長男誕生、ささやかな幸せを味わうが、その頃書かれた不思議な作品がある。

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ゲストの見解は・・

自分の死を詠っているけど、なんだか妙にスッキリしていて“愉快そう”な感じ。

“生きてゐた時の・・肉を破って”のあたりは『生活世界』、死んで骨になった後は、お金を稼がなくていいし、ご飯たべなくていいし、『芸術世界』に純粋に行っちゃった、と幸せな中にあっても中也にとっての二つの世界がある。 など

伊集院さんは、ありきたりの幸せを感じることへのとまどいと照れがあるような気がする、それが幸せだという手がついた言葉を表現することは、おそらく違うと思ったんじゃないか、『名辞以前』であんなに死ぬことに怯えていたことに対して、さほど怖く思っていないぐらい日々幸せです、おしたしが上手いです、っていうことを書いたんじゃないか、と感想を話す。

次回は、もうひと波乱起こる中也の人生についてらしい。

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流れを追って観ていますと、さすがに鈍感な私でも中也の世界観、さらに詩の世界がすこーし理解できるようになってるかなと感じます。今回は、そうそうそうなのよ!と驚愕した個所がございます。『名辞以前』。ごくたまーに、話しやすい人に対して、「自分のコトや思っているコトを口に出して話してしまうと“嘘”になってしまう気がする」とか「理解してもらいやすいように話せば話すほど、どんどん虚しくなってしまう」とか、ちょっと怪しい人みたいになります。他者は全く悪くなくて、つきつめると自分が自分を信じてないってことなんだろうなぁーと最近認めるようになりました。こう思うプロセスはここではご想像におまかせいたします。最中を食べて“スナフ”と言う感覚は、もうすっごくわかります。この感覚が市民権を得るには、時間と場所、そして続ける心の強さが必要ですよね。

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日々感謝です。