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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

Eテレ「100分de名著〜アドラー『人生の意味の心理学』〜」第4回を観て。嫌われる勇気かぁ。

こんにちわ、SUMIKICHIです。

ドラマ「嫌われる勇気」スタートまでに予習しておこう!と録画視聴している「100分de名著 アドラー」。 

sumikichi52.hatenablog.com

 

 最終回、第4回のテーマは〜「自分」と「他者」を勇気づける〜。アドラーが提唱した「幸福になる方法」を明らかにしていく。

では、いつもの備忘録。

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他者を仲間と思える人は貢献しようと思う。そこに居場所があると思えることを“共同体感覚”と名付けた。生きる喜びや感覚は他者からしか得られない、そのためには、「自己への執着」を「他者への関心」に切り替えていく必要がある。“共同体感覚”の共同体とは・・

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このようにすべてのこと。人生の意味は全体への貢献である。ここでいう全体とは他者。そして、共同体感覚に必要なこととして、

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1.ありのままの自分を受け入れる
「大切なことは何が与えられているか、ではなく、与えられているものをどう使うか」短所だと思っているところを長所に置き換えるトレーニングする。集中力がないという人に対して、散漫力がある、同時にいろんな事ができると見直せば受け入れやすい。

2.自分が何らかの形で貢献していると感じられるとき
例えば、臆病者の自分が、慎重派だと思い直し、このグループにいて細かい点をチェックし危険回避できたら貢献できたと思える。とすると同時に1と2がクリア。

3.他者に貢献するには、仲間であると信頼出来なければならない
1.2.3はセット。

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次に、“勇気づけ”と“勇気くじき”について。また亜土羅診療所寸劇。第2回で登場した彼女ほしい男性再び。

[青年]  彼女どころじゃなくなったんです。仕事で失敗して、みんなの前で怒鳴られて、生きるのも嫌になってしまって・・
[先生]  それは“勇気くじき”をされたんだよ、きっと。全ての人間関係が縦につながってるからおこること、横の関係なら“勇気づけ”になるんだけどね。関係が壊れるとか、嫌われることばかり気にしてるんだろ、言いたい事を言えばいいんだ、自分に価値がないなんて思わずに、“嫌われる勇気”を持つんだ、これは“幸せになる勇気”と同じなんだ。

 

“勇気くじき”とは、ダメなことばかり指摘する、理想のこどもや部下像をイメージし、現実の相手をそこから引き算でしか見ない、しかもハードルを高くすること。これでは、達成しようと思う課題に立ち向かうことができなくなる。

 

一方、“勇気づけ”とは、課題に立ち向かって行ける気持ちになっている勇気ある人への“援助”のこと。

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親が子供に対して言う上から目線のような「えらかったね」は良くない、対等に見てもらっていなかったら自分に価値があるとは思えないから。

“褒める”とは、上から下に向かって(能力のある人がない人に向かって)下す評価のこと。スタジオのMCさんは、しつける側、しつけられる側というのが当たり前と思ってきたので理解するのにしばし時間が必要と言っている。

「あらゆる対人関係は、対等な横の関係」がベース。褒める人がいる、叱る人がいる、というのは縦の関係といえる。知識と経験は親ほどないかもしれないが、人間としては対等、対等な関係の人に褒めるのも叱るのも失礼。

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またまた亜土羅診療所。女子校生も加わって・・

「女子」  親と話して、美大受験することに決めた。親の気持ちも理解出来たし、自分の選択に責任持って、頑張ってみる。
「青年」  (まだ沈んでいる)
[先生]  会社がすべてと思っているようだが、会社なんてひとつの共同体にすぎない、悩んだときはより大きな共同体の声を聴け!
[青年]  ・・・・。

 

岸見さんは、「おかしいことはおかしいと言う勇気を持ってほしい、その結果その共同体から切り離されたとしても、何も言わないで不本意な生き方を強いられるより、よりはるかに望ましい、切り離されて良かったと思えるかもしれない」と言う、さらに「自分を嫌う人がいるということは自由に生きている証」、自分が自由に生きるためにはそれくらいの代償を支払わなければならないという覚悟を持って生きていれば、この共同体に所属できないことくらいそんなに気にならないよと思えるくらいの勇気を持って。わけわかんなくなりました、すみません。

言い換えてみると、もし嫌われる勇気を持って言ったことが、まわりに受け入れられたら、居場所が出来て、受け入れてくれた仲間にも感謝出来て、信頼できるようになるから、より強固なつながりも出来て全体がパワーアップすることになる。なんでもかんでも言えばいいってことではない。

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一般的な人生の意味ってものはない。一流大学、一流会というのはお仕着せの概念。どんな困難な状況にあっても「自分の人生の意味は、自分で決めることが出来る」し、その困難を克服することが出来る。人生思いのままに出来るという意味ではなく、困難な人生の中にあってなお態度決定することは出来る。

 

そんな大げさな勇気はいらない、ちよっとした勇気でいい、今までガミガミ言っていたのを、ありがとうに変えると、大きな人生の変化につながるということを知っていてほしい。

やはり、劇薬だというMC。すぐに使わなくてもこんな考え方があるということを知っていた方がベスト、「今日から私もアドラります」と司会者は笑顔で宣言していた。

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最終回まで駆け足で視聴できました。お話を伺っていると、よっし「ありがとう」だ!と勇気満々になりました。が一方で、格差社会と呼ばれて久しく、「自分が人生を握っている、3日で変えられる」と言われてもどうなんだろうという状況の人たちにとってはどう映るのでしょうか。

もし自分がその立場(日々の生活すら一杯いっばい)なら心の持ち方として、どうすればいいんだろう。よし、と考え方を変えられるだろうか。って、今の自分ではない場所について考えることは課題の分離が出来てなくて、単なる上から目線?ってことなのかなぁ。

 

そうそう、引きこもり好き、孤独好きの私でも、生きてて大きな喜びを感じるのは、やはり他者との関わりの中でですね。今すぐ思いつくのは、歌うたいにしても演劇にしても何にしても、自分の夢は他者が存在しないと成り立たないことに気づきまして、そして、一番心が癒され涙するのは、上手いね(お世辞でも)という言葉ではなく(いえ、嬉しいんですよ)、元気が出た(お世辞でも)などその人の一瞬の癒しに役立てたかなと思える言葉でしょうか。もっと嬉しいのは、一緒に口ずさんで貰えたら。歌の上手な人はたくさんいて、特に自分が秀でているわけではないので。ならばなぜ歌うのか、これについてはしつこいくらいに、ちょいちょい綴ってるのでざっくり、一瞬の生きてる感、自身の中にある熱を確かめるため、ですかね。正直、シンプルに歌いたいからですかね。アドラーの言う承認欲求の認められたい、褒められたい、とはちょっと違うと自分では断言するのですが、潜在意識ではそれがあるのかなぁ。また脱線。

たった100分で、図書館に予約している著書「嫌われる勇気」は400人待ち、「幸福論」は本屋で眺めるだけで読んでいない、こんなことで理解できましたとは決して申せませんが、番組のスタッフさん、いつもわかりやすくまとめて頂いて有難うございます。イラストと音楽も素敵で楽しませて貰ってます。これで、ドラマ「嫌われる勇気」スタート前の準備万端!

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日々感謝です。