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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

Eテレ「オイコノミア〜笑って納得!落語の経済学〜」を観て。笑える。 

こんにちわ、SUMIKICHIです。

最近よく観ているEテレ「オイコノミア」。今回は“笑って納得!落語の経済学”。
“笑い”を経済学的に解説する過程が可笑しく、特に又吉さんとゲストの落語家・柳家花緑師匠の先生のお話を聞く表情、へぇーっ!、なのか、はぁ?なのか不明な反応が面白かったです。

ちなみに、若かりし頃の花緑師匠の生落語は、過去に二度聴かせて頂いたことがあり、今回のゲスト出演は嬉しかったですね。

今、空前の落語ブームなんですってね。東京では落語会開催件数年間1万4千回、9年前は9千回を超える程度。花緑師匠は、国内全体でブームというより極地的だと感じてますけど、オイコノミアで落語を特集するってことがブームです、と笑ってらっしゃいました。

 

さて、番組の内容をざっくり。
江戸時代から伝わる古典落語。演目にも経済学と深い関係がある。

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『千両みかん』
千両というと今のお金にすると、ウン千万円の大金。みかん一つにとんでもない値段がついてしまうお噺。

時は夏、気の病で床に臥す老舗の若旦那が番頭に「みかんが食べたい」と懇願。
主は「真夏なのにみかんがあるか」と叱責するも、若旦那のために番頭をみかん問屋に走らせた。
店主に「ございます、千両です。冬の間いいみかんを箱に詰め保存、たったひとつ腐らずに残ったのがこれひとつ」と言われ、帰って主に伝えると、「千両で息子の命が助かるなら安いな」といい買う。
ひかんひとつに10袋あったので、1袋100両。
若旦那は美味しそうに食べ、3袋残す。
番頭に、おとっつぁん、おっかさん、そしておまえで分けておくれと3袋渡す。
番頭は「これで300両だ・・この先自分はこんなに稼げない・・」と、その3袋を持って逃げたとさ。

 

“3袋持って逃げた”というところで笑った。なぜ笑ったか?“ヘン”だから。落語は不自然なことが対象になっていることが多い。経済学的に言うと・・。

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若旦那とお父さんにとっては、みかんが千両の使用価値があった。一方・・

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 みかんを千両と交換したいと言っても無理。千両の交換価値無し。つまり、

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この演目の面白さは、この二つの価値を混合して番頭さんが3袋持って逃げたというところ。個人的に、この説明のくだりがナンセンス?で面白いと思うのですが、いかがでしょうか。

この他にも経済学者の間で話題になった落語がある。なに、なに、なにっ?

『花見酒』
隅田川のほとりで多くの人たちが花見を楽しんでいるのを見た二人の酒好きの男がひと儲けしようと、酒屋から代金後払いで2升の酒を買い川へ向かう。が、途中で兄貴分が
我慢できなくなり、弟分に10文払って酒を一杯飲んでしまう。お金を払って貰えば文句なし。すると弟分も飲みたくなり、さっき貰った10文を払って一杯飲んでしまう。こうなると止まらず、10文やりとりしながら一杯、一杯と飲んでしまい、ようやく川に着いたら酒樽はからっぽ。

 

この面白さはどこにあるか。売るべき酒を自分たちで飲んでしまうやりとりが可笑しい。いや、いや、個人的に、この解説自体が面白すぎるんですけど、いかがでしょうか。

 

話戻して、ここには“共有地の悲劇”というのがある。

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あの酒ってそもそも誰のもの?
酒屋から借りてきた酒(代金後払い)→先に10文払った兄貴分のもの→次に10文出した弟分のもの、と所有権が入れ替わっている。ひとりで預かっていたら飲まずに商売してお金を酒屋に持って行く。二人でいたもんだから二人で起こった悲劇。“みんなのものは誰のものでもない”。

お金や人情、感情など、いつの時代も本質的な部分はかわらない、落語は時代を超える。経済的合理性(ウマい話編で出てました)も時代を超える。

 

次に、

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落語家になるためには?入門しないとプロの落語家にはなれない。ここがプロとアマの決定的な違い。そして、独特な階級がある。

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弟子は募集しているわけではないので、入門希望者が好きな師匠のところに突然やってくる。花緑師匠の基準は、希望者に自分(師匠)に向けて直筆の手紙を出してもらい、字の上手い下手ではなく丁寧であるかどうか。読んでもらおうと丁寧に書く気持ちが今後お客様に向けて、良い効果をもたらすと思っているから。

今回、入門して3年目の前座・緑助さん22歳のある公演日でのお仕事に密着。1時間前から会場の音響チェック、めくり確認、自分の着替え、雑用、師匠のお世話、気づけば自分の出番5分前。演目は『真田小僧』。忙しい師匠に自分の噺を聞いてもらえる唯一の時間。師匠の噺を聞く暇もなく裏方仕事へ。その日のネタ帳記入。演目が被らないための記録。どれも大切な仕事。どんなえらい人も通る道。落語家への道はこうした日々の積み重ね、なのだ。

 

こういうのを“徒弟制度”という。花緑師匠は、落語というものは秘伝の書というものがなく『口伝』で教え、よく“芸は盗むもの”といわれるが師匠の立ち居振る舞い含めすべてを側にいて盗ませるのだと話す。

そこで、“徒弟制度”を経済学的な考え方で紹介。

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そして、2種類に分類される。

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なので、落語のような芸では徒弟制度が適している。

さらに、花緑師匠は、「次につないで行くのが伝統芸能の大事なところですが、他人を自宅に入れ食べさせたり、着物も作ったりとお金もエネルギーも使う、財布を預けてみかんみたいに持っていかれたら困るし、辞めて行く子も多い、現代には合わないと考える人もいる。自分をつないでいくもの、投資と思えるかどうか。しかし、自分の祖父は、弟子はとれといっていた。師匠には恩をお返しすることは出来ないが、下に託してはじめて親孝行」と想いを語る。

伝統芸能をつないで行く人たち、一戦で輝いている人たちの表情が引き締まっているのは、その伝統という重みを日々背負って緊張感の中に身を置いてらっしゃるからなんでしょうね。私の表情はゆるみきっております。とほほ。

 

そんな落語会。現在は、真打ち349人、二ツ目136人、前座77人と、人数構成が逆ピラミッド型。真打ちになっても人気が出るかどうかは別物。定年はないけど落ち目がある。芸の世界は厳しいのだ。

 

最後に・・

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日本伝統文化の特性を三要素に分析できる。

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これらを戦略的に取り入れて現代まで生き残ることが出来た。

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どの位置が最も生き残りにふさわしいのか時代背景や伝統文化の特性によっても異なる。ちなみに、花緑師匠は『落語』を“A”、又吉さんは『お笑い』を“B”に置いた。

花緑師匠は現在、『同時代落語』と名付けて、洋服を着て椅子に座ってやる新作落語に挑戦中。江戸時代には話す人も聞く人も座って着物、そして、その時の面白い噺だったのが、歴史を経るに従って古典になった、ならば、現代のスタイルで現代の面白噺をするというのがあってもいいと。落語はちょっと敷居が高そうなイメージもあり、師匠としては『お笑い』の位置にまで持っていきたいとのこと。

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今回は(も)、興味深かったです、特に、前半の噺を分析するあたり。実に面白い。漫才かコントのネタになるんじゃないかと思いました、私。他に、前座のお仕事も拝見出来ましたし、何より花緑師匠の想いも聴けて嬉しかったです。少し前、NHKの落語のミニ番組(早回しのドラマ)をいくつか観ましたが、結構笑えました。でも、噺自体はちょっと怖い部分がありますよね、風刺といいますか、皮肉、不条理・・笑うしかないって感じの部分。江戸時代の生活の裏部分が垣間見れたり。そうそう、明日区民センターの座敷部屋でアマチュアの落語会があるみたいですので、出かけてみようかと、今は思っております。

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日々感謝です。