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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀〜人生は、交錯する光と影 照明デザイナー・東海林弘康〜」を観て。人生には影!

こんにちわ、SUMIKICHIです。

最近よく観ている「NHKプロフェッショナル 仕事の流儀」。今回のテーマは、〜人生は、交錯する光と影照明デザイナー・東海林弘康〜。番組HPに映像と内容が掲載されていますので、詳細は割愛。ざっくりの番組内容と印象に残ったコトを綴らせて頂きましょ。

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照明デザイナー 東海林弘康さん。
独創的な明かりで世界を照らす、三度の飯より明かりが好きな58歳。大切なのは影、キラキラした光はいらない、と東海林さんは言う。巨大商業ビルから公共施設まで600以上の施設の照明を手掛け、名だたる建築家から一目置かれる存在。現在、40ものプロジェクトを抱え、国内外を飛び回っている。

 

まず、京都の料亭。64年前に建てられた数寄屋造りの名建築の客をもてなすあかりがテーマ。部屋全体を明るくするだけでは料理が美味しそうに見えないという悩みを抱える女将からの依頼。東海林さんの照明デザインはこう評される。

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「照明をあてることではなく影を作る、美しい暗さっていうのは人生を深くする、強い光はストレスで出来れば闇の方が居心地いいんですよね、人は」と語る。

そして、大切にしている流儀がある。

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「新旧どちらも建築が語る“こんな光だ”というのを見つけてあげる、歴史をリスペクトすること、自分がどんどん変えてはいけないという気持ちがいつもある」と。

こうして、考え出されたのは、部屋を照らす電燈の中に2ミリのLED電球を仕込み、客に気づかれないように料理と器を浮き出させるようにしたこと。本当に、料理だけとても美しく映りました。そして、コース料理が始まって約2時間をかけて照明が徐々に落ちて行くようにしたこと。少しずつ少しずつ暗くしていくと、心身ともに弛緩してゆきリラックスできるという試み。画面上では、凄く素敵でした。相手の顔が見えないんですけど、畳の部屋が洞窟にいるみたいな不思議な空間になりました。

 

次に、
乳がん治療で日本でも指折りの鹿児島の病院。病と向き合う患者や家族の精神的なケアを行う病棟で、照明の力で皆さんのプレッシャーを和らげてほしいという依頼。天井全体に設置する照明を、最初は、禅の世界で大切にされる“丸、三角、四角”をモチーフに三ケ所、と考えたが、観念的になり過ぎて重く見え、丸だけに絞った。が、全て丸だと強くなり過ぎる。元気あふれる光でもない、癒しのための闇でもない・・東海林さんには追求したい、理想とする明かりがあった。

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「明日も明後日も人生の時間を丁寧に歩まなくちゃいけない。その時、光は人生の時間をより豊かなものするために働くべき」だと。

考えぬいた結果、角を丸めたおにぎり型の不等辺三角形。動きのある柔らかな線は、見る人の立ち位置で、いかようにも変化する。それは、日々変化する患者の心を、どんな時でも包み込む光だ。
「照明って明かりをとるもんだっていうのを超えて、心に火が灯るみたいな、この空間がONの状態になっていることを示すもの」だと。 


ここで、東海林さんの経歴を。
建築家を志して福島から東京へ。たまたま受けた建築照明会社のデザイナーの一言で人生を決めた。

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そういう自信を持ってやってる人たちがいるんだということに感動したのだ。しかし、現実は厳しかった。入社後、時代はバブルで建設ラッシュにもかかわらず、照明は二の次で明るければいいという扱われ方だった。だが、めげなかった。「光と丁寧につきあうことによって、いい結果がもたらされると信じてやる、自分が納得できる光を作っていって新しい価値を生み出す」と、徹底的に現場と話し合って可能性を見つけていき、15年経った時には業界で一目置かれるようになった。

ところが、2011年、東日本大震災計画停電で東京の街から明かりが消えた。節電の最中、照明そのものの価値が問われ始めた。なす術がなく、やめるしかない、自分が生涯をかけてしてきたことは何だったのか、目の前に深い闇だけがあった。

二ヶ月後、テレビ番組の企画でパプアニューギニアを訪れた。電気もガスもない村。唯一の明かりはヤシの実からしぼりとった油で灯すランプだけ。
皆さんにとって明かりとは何ですか?と思わず聞いた。
「村の家々に明かりがあると安心します。そこに命がある、元気でいるとわかるからです。明かりがついていない家があると心配で飛んでいきます。」と答えがかえってきた。

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「明かりは命の証しなんだと言ったわけですよ、こんな本質的なことを教えてくれてありがとうという感じ、助かったと思いました」と、自分の存在意義を見失いかけていた東海林さんは涙する。

 

帰国直後の仕事、商業施設の照明は全体を照らすのではなく、渡り廊下や誘導灯など細部だけにしぼった。電力は従来の1/3.それだけで十分。53歳で到達した境地、思い描くのはあの島のほのかな灯りだった。

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次のプロジェクトは大分県竹田市の城下町。空き家を買い取りの事務所にするという知人の依頼。若者が集える新しい場でもあり、地元にも受け入れられる場にしたい。この両立はなかなか困難だ。

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東海林さんは近隣を散歩し、地元の人たちの暮らしに根ざした灯り、昭和時代の古き良き時代の照明器具を探し回った。
「照明と人の関係、暮らしとの関係、その町との関係というものが集約されて照明というものができている。光だけじゃなくて物を超えた共有する気持ちみたいなものだと思う」と。
灯りを見た地元の自治会長さんは、
「新しい明かりができるっちゅうことは、新しい子供さんができたっちゅう形でね、そうしないと発展もしないし人も来ない。若い人が一生懸命頑張るから竹田の町もいいんじゃないんですか」と微笑む。

『灯る明かりは、人が生きる証し』、その本質に東海林さんは光を当て続ける。


最後に、東海林さんにとってプロフェッショナルとは・・
「必ず前へ進むと。とにかく進めると。ということを、努力すると。間違っても進むと。早く気づいて戻ると、別の方向を模索すると、それがプロフェッショナルとしての思いですね。いつも、変わらずに持ち続けています。」

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視聴中、影の美しさ、明かりと深みのある人生との関係性、前向き過ぎる照明などについてぼぉーっと考えておりました。一般庶民の我が家には計算されつくした照明は必要ないなと。自宅で過ごす夜(毎日だけど)は、かなり暗めの空間です。電気止められてる?くらいの。日中も可能な限り、暗めです。ん?精神的にヤバいのかな。所々ぽわんと小さな白熱灯系の灯りがあるだけで、異空間を感じてとても贅沢な気分になります。『灯る明かりは、人が生きる証し』からハズれるかもしれませんが、我が家の場合は『灯る明かりは、私が私を深く生きる証し』って感じです。あぁーっ、これでTVが消してあれば極上の空間なんですよね。

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日々感謝です。