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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

“平和の光・イルミネーション” 明日から原爆ドーム・ライトアップ!いろんな意味で、行ってみる?

こんにちわ、SUMIKICHIです。

自分でも驚いているのですが、今朝ワイドショー番組を耳にしながら、先日撮った“原爆ドーム”の写真ブログの準備のためネット検索していましたら、「明日から原爆ドーム周辺がライトアップ!賛否両論」なんて声が聞こえて、はっ!なんという偶然!しかも恥ずかしながら全く知らないネタ。

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番組を観ていると、冬の観光地は“イルミネーション”で彩られますが、原爆ドーム周辺でも「平和の光・イルミネーション」と銘打ち、明日から来年2月5日まで、木々に青色LEDライト約5万球を取り付けたイルミネーションを点灯するようですね。
原爆ドームは、明日12/7で世界遺産登録から20年目を迎えるので、節目の年に観光客に来て頂き価値を見つめ直してもらおうと広島市などが企画したもの。

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ですが、慰霊の地を観光地化することに疑問の声があがっているようですね。番組では、広島市民の街の声インタビューや東京の人たち100人アンケートをした結果、賛否は全体でほぼ真っ二つですが、年代でみると20〜30代は賛成が多く、40〜50代では反対が少し上回り、60代以上になるとほぼ反対、となっているようです。

【賛成の理由】
・若い世代に知ってもらえる
・8/6ではなく冬なので
・鎮魂を意味する神戸ルミナリエの例がある  など

【反対の理由】
・静粛にすべき
・キャンドルならわかるけど
・明るすぎるのはどうなのか  など

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大雑把過ぎる理由まとめで申し訳ございません。つらい歴史として見ている60代以上と平和へのモニュメントとして見る若者と、人それぞれ捉え方は違いますよね。広島市は「優しく語りかけるような光の演出で平和のメッセージを世界に届ける」「鎮魂の場にふさわしい明かりにした」とのことで、飾る高さや範囲など配慮されるそうです。
ちなみに、記事によりますと、原爆ドームは、登録10年の時も照明を増設。原爆死没者慰霊碑広島平和記念資料館を結ぶ通路にろうそくを並べた。資料館などで「原子力平和利用博覧会」が開かれた1956年5月には、原爆ドーム自体に電球を飾り、ライトアップしたこともあった。とのことです。忘れておりました。

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「平和の光・イルミネーション」、個人的には賛成です。派手派手しく飾って観光地ですよーって姿勢ではないはずだと私は信じています。そして、“静かにそっとしておく”と“ほったらかし”は紙一重だと思います。丁度昨日、NHK「仕事の流儀」で照明デザイナーさんの番組を観まして、“照明”“あかり”の意義を考えていたところです(別記事にします)ので、ありだと思います、私は。蛇足ですが、私の両親ともに被爆者です。安易に、知ってもらうことが何より大切!というわけではございません。なにはともあれ、実際に見てみないと何とも言えませんので期間中に出かけてみようと思います。

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せっかくですので、当初の目的の原爆ドームの写真で位置を変えて撮ったものを載せときましょ。簡単な説明文は広島市HP一部引用。

昭和20年8月6日朝8時15分、一発の原子爆弾により広島市街の建物は一瞬にして倒壊、灰燼に帰す。産業奨励館(原爆ドーム)は爆心地から北西約160メートルの至近距離で被爆し、爆風と熱線を浴びて大破。天井から火を吹いて全焼したが、爆風が上方からほとんど垂直に働いたため、本屋の中心部は奇跡的に倒壊を免れた。当時この建物の中にいた職員は全員即死。

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戦後、旧産業奨励館の残骸は、頂上の円蓋鉄骨の形から、いつしか市民から原爆ドームと呼ばれるようになった。当時はこのドームを記念物として残すか悲惨な思い出につながるため取り壊すのかの存廃論議だったが、復興が進むにつれ原爆投下をどう考えるか、被爆体験や肉親などの惨事をどう伝えるか、核兵器をめぐる世界の情勢をどう考えるかなどの議論に発展。

やがて建物の老朽化が進み、保存を求める声が高まる中、広島市は昭和40年7月から広島大学工学部建築学教室に依頼して原爆ドームの強度調査を行い、翌昭和41年7月、広島市議会が原爆ドームの保存を要望する決議。これを受けて広島市は保存工事のための募金運動を開始、国の内外から約6,700万円の寄附金等の浄財が寄せられ、昭和42年に、第1回保存工事が行われた。

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市の中心地に位置する平和公園。その一角に物言わずずっしりと根を張る原爆ドーム。通勤や買い物途中に人が園外のすぐ横の道路を通り過ぎる。普段は意識するのだろうか。一歩園内に足を踏み入れると、街中なのに重くて清らかな空気が漂う空間に身を置くことになる。けれど、日常生活に原爆ドームは溶け込んでいる。定かではないが、あえて、そういう風にしたとも聞く。

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墓ではなく、モニュメントなのですね。ライトアップ、ほのかな命の灯りとして受け止めて良いのではないでしょうか。

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日々感謝です。