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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

シンクロナイズドスイミングチーム銅メダル獲得!井村ヘッドコーチのお言葉でまた思い出が蘇り・・。

 こんにちわ、SUMIKICHIです。

かなり盛り上がっているリオオリンピックもいよいよ明日閉会式を迎えますね。

昨日たまたま観た競技終了後のコーチのインタビューで印象的な言葉がありました。チームで3大会ぶりに銅メダルを獲得したシンクロナイズドスイミングのヘッドコーチ・井村雅代さんの言葉です。

 

Q:やはり練習中は選手たちに愛を持って厳しく指導されたのですか?

「いいえぇ、(練習中は)愛なんてないです。私は、どこまでしないとメダルは獲れないというのはわかってますから、このままではだめ、それ以上しないといけないんです。練習中はただそのことだけに集中してますから、私も闘っているわけですから、愛なんて。・・・・この厳しさも、メダルを獲ったら(選手たちは)許してくれるかなと思っていました。(最後に笑顔)」

 

‘ (練習中に)愛なんてない ’ 率直でキレのあるお言葉だと思いました。

 

私はシンクロに(も)詳しくはないのですが、画面で日本人選手たちの立姿を観た時、以前より何やら精悍なアスリートオーラを感じました。メダルを獲得した今言うのは卑怯かなと思いますが、すごく引き締まった体格、特に脚になっていますよね。演技には引き込まれました。体幹がしっかり伸びて気持ちがいいほど真っ直ぐな(どこの国の選手もですけど)倒立のリフト、窒息しないの?そんなに潜ったまま脚をくるくるさせてってくらいの揃った脚技。演技中解説を聞きながらこれまでの道のりも重ねて観ていました。

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やったぁ、銅メダル獲得!・・の後、前述した井村コーチのお言葉。

選手たちの努力もさることながら、やはり、良き指導者あってこその結果かな。ふと、指導者の心中が気になり始めて、井村コーチの経歴などを調べてみました。

選手としても活躍されたあと、日本代表チームの指導者として数々のメダル獲得に導いたものの、指導者の世代交代とかで、ライバルにあたる中国代表のコーチになりメダルを獲るまでに育て世界的にもその手腕は認められていたそうですね。その後イギリス代表の指導をした後、日本に戻り、鬼のような厳しい練習を課して今回の活躍に至ったとのこと。このあたりの話はわざわざ私が説明するまでもなく、一般的に知られていることですよね。

選手時代には、単に技術だけではなく、人としての心の修業もなさっていたのでしょうね。自分の欠点と向き合い、受け入れ、克服するよう工夫し、団体競技で仲間と息を合わせる大切さ、人は何があれば頑張れるのかを考えながら。一流のアスリートが一流の監督になれるとは限らない、出来る人には出来ない人の気持ちが心底からは理解できない、などとよく言われたりしますよね。

指導者に選ばれる人に必要なのは、最終的には人間性なのでしょうね。何も品行方正で人気があり、非のうち所がないというものではなく、与えられた目標に向かって、私利私欲を捨て真剣に取り組めるか、‘勝ち’にこだわれるか、逃げずにプレッシャーを背負えるか、そして、目標に辿り着くには何が大切なのかを知り尽くしている人。私には、到底マネできませんし(そもそも求められていませんが)、選手だったとしてもすぐ脱落していたでしょう。あまりの厳しさに賛否両論色々あるようですが、協会がその井村コーチを選んでいるのですから私がとやかく言う資格はございません。

 

井村コーチを見ていたら、指導者かつ熱い人間つながりで、芋づる式にまた過去の記憶が蘇ってきました。シンクロじゃなくて大変申し訳ないのですが、私が中学時代に所属していたバスケットボール部の部長Oさんのことが。

          

       脱線して、しばし、《人生棚卸》のお時間です。

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Oさんは、同級生で部活は一緒でしたがクラスは別。彼女はひとことで言うとバスケよりレスリングが似合いそうながっちりした体格でとにかく熱いタイプで、私とは真逆なのになぜか波長が合いいつも一緒でした。私は、だいたい何でも器用にこなしすぐ上達するけれども、誰もがぶち当たる第一の壁に遭遇するとトライしてダメならすぐ諦めるタイプなので何一つ極めたものがありません。彼女は走るのも遅いし不器用でしたが継続は力なりの人間。

ですから、最初は私の方が上手だったのです。どこかの部に入らないといけないのでとりあえずバスケ部にいただけですが、器用な分そんなに必死になっていませんでしたし、彼女にはバスケは合わないんじゃないのかなと内心思っていました。

雨や雪の日でも、カッパを着てひとりでシュート練習をする姿を見て、私を含め部員誰一人天候の悪い日は参加しないし、しなくても怒る人もいない弱小チームでなんでそんなに懸命に練習するの?上手くなるあてもないのにとも思っていました。

たらたらしている部員に「練習に来な!」といつも呼びかけては、結局ひとりでシュート練習。私も天気の良い日は一緒にボールをボンボンたたいていました。あっ、ドリブルね。

ある時「なんでそんなに頑張るの?」と尋ねたら「下手なのは自分が一番よくわかってる。けど、好きだから。努力は裏切らないって。みんなにも毎日続けてほしいんよ。」と中学生の彼女は言ったのです。

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一年位経ったかな、ある時チームで試合をしたら、彼女の動きが別人でした。相変わらず足が遅くドタドタしたドリブルでしたが、ボールを持ち続けた効果か、パスの力強さ、スピードの速さ、そして何よりミドルシュートが百発百中といえるほどの正確さで、その時「負けた」と思いました。試合にではなく、彼女の地道な努力に。信じられませんでした。よく言われる「天才とは、続ける才能を持った人」とは彼女のことなんだ、実際自分の身近な所にもいたんですよ。

部長を選出する時、部担当の先生(一応いた)から呼ばれて「すまんが、部長はOにしようと思う。その理由は言わなくてもおまえにはわかるよな。」と諭されました。悔しいとかは全くなくて、ごもっとも!という気持ちしかなかったのですが、どこか自分が情けなかったですね。私はといえば、さらに上手くなる努力もせず小手先の器用さに頼ったままの状態でしたから。必死になって取り組んでダメだった時のショックを想像すると、適当にやってダメだった方が言い訳できるみたいなことなのかな。人生そんな感じで生きてきたような気がします。

部長になった彼女は、井村コーチほどではないですが、心を鬼にして厳しい指導、いえ、チームを引っ張っていました。でも、誰も陰口をたたきませんでした。みんな、彼女のこれまでの後姿をそれとなく見てきましたから。

そういえば、彼女からよく指摘されていました。
「あんたね、自分の持っているもの、思っていること、全力で出しなさいよ。自分が勝って相手が負けるのは可哀想って、それ相手に失礼だし、ただの自分のエゴじゃん、傷つきたくないだけじゃん、文句があったら言い返してみろ」って中学生の彼女が言うのです。

今振り返ると可愛い我ら。どうして彼女とつるんでたのか今ならわかります。ハッキリ面と向かって指摘してくれたのは彼女だけだったからだろうと。今どうしてるのかな。

        

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井村コーチの話からどうでも良い話になってしまい、ホント申し訳ございません。選手の皆様、追い込まれてさぞ大変だったと思いますが、このコーチとの関わりがこの先の人生の支えとなりより深いものにしてくれると信じています。メダル獲得、おめでとうございました!そして、感動を有難うございました。

 日々感謝です。