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今日も、生涯の一日なり

自分軸で生きると決め早期退職した50代独女のつぶやき

《人生棚卸》療養中、心に染み入ったこと①

病気 人生棚卸

人生棚卸のお時間です。

療養中の心に染み入り、後々の心の支えとなっている人の温もりを綴っておこうと思います。

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本来私という人間は、一見誰とでも親しみやすく仲良くなれるのだが、ある一定の所で急に壁が立ちはだかり拒絶状態になるようだ。たまに、人からも指摘される。打ち解けあうということが全く無いのだ。傷つきたくない思いが強すぎるのかどうなのか。

そんな私が、癌宣告をうけて悩んだ項目の中に、誰にどこまで知らせるか、である。もちろん、仕事関係では、所属している部署仲間と人事部には開示する必要がある。他部署は、同期は、どうする?軽く普通に社内全般に広く開示すればいいものを、私はその時、極秘にして欲しいと頼んだ。あいつ、もう終わりだと憐みをうけるのが嫌だったのか、みんな忙しいのに煩わせるのが申し訳ないと思ったのか、お見舞いに来て貰っても話すことはない、私のダメダメな状態を見て優越感に浸るだけじゃないの、余計しんどいと思ったのか、頑張って!という言葉を聞きたくないと思ったのか、その全てのことどれもがごちゃごちゃに混ざり合っていたのだろう。ただ、自分ひとりだ、ひとりで乗り切ろう、と自分の事しか考えたくなかったのは確かだ。誰かといると自分が崩れると思っていた。そんなことでは組織人としては失格で、なんと度量の小さな人間なのだと批判されるのは覚悟した。

結局人事部も隠すのに骨を折ってくれて大変申し訳なかった。後で聞けば、私の病気のことは触れちゃいけないという風潮になり、返って事を大袈裟にしてしまったようだ。あぁ、私という人間はダメだな。

そんなお見舞いお断りのまま、明日が手術という日に、事情を知る唯一の同期女子が一人で訪れてくれた。彼女も婦人科系の手術を体験しているので、これはあったら便利よ、という品々をくれた。顔見に来ただけだからとすぐに帰って行った。術後動けるようになった頃、今度は人事部女子と二人して来てくれ、「隠すの大変なんっすよ!」と軽くおしゃべりしてすぐに帰って行った。誰とも会わない方が楽だと言い聞かせていたが、こうして自分の時間を割いて私のために足を運んでくれたこと自体に、本当に有難くて申し訳なくて、ただ心が潤っていった。私が人に会いたくないだろうと察して、受付に花束を預けて下さった方もいた。ああ、本当に人間失格だな。病院を知らせていないのに、仲良くしている社外の後輩がめぼしをつけて病室の戸を叩いてくれた時は、驚いた!なぜここがわかったの?色々状況を推察して来てみたとのこと。私は、人に対してそこまで出来るだろうか。ああ、本当に人間失格だな。突然だが、手術というのは本人が自覚するよりも、結構体力使うようで、術後は人と対面して会話をするだけで汗が出てくるのだ。びっくり。体は、思考とは別次元なのだ。

ある時、これまた突然、戸をたたく音がした。入って来られた方は、かれこれ10年位前になるが、元会社の上司を通じて、プライベートで親しくさせて頂いているご夫妻。お二人ともクリスチャンで、月一回の三浦綾子読書会をずっと長い間続けていらっしゃり、最初は参加者3〜4名だったのが、今では10数名になり、継続することの意義を教えて頂いた。私は人数の少ない時期に参加していたが、人前で感想を話したりするのが苦手で次第に足が遠いたものの、時折、会とは関係なくお食事したりして気にかけて下さる。とても心根の温かい方たちだ。しかし、まさか会いに来てくださるとは夢にも思っていなかったので驚いた。術後は疲れるでしょうからと、少しお話しただけだが、最後に私のために頭を垂れて黙ってお祈りして下さると、それまで明るく平然としていた自分に異変が。急に込み上げてきて、あれ?なに?あれ?つーっと頬を流れるものが。しかも止まらない、どうしよう。人前で泣くなんて・・諦めて止まるまでほっておいた。それにはお二人とも触れず、静かにお別れした。その時頂いたものが写真の本と絵葉書。葉書は数枚使わせてもらったので残っている三枚。

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この本の著者・星野富弘氏は有名な方で、多くの人がご存じだろう。大学卒業後、体育教師として赴任して二ヶ月後、部活動の指導中誤って鉄棒から墜落、頚椎を損傷し手足の運動機能が回復しないまま、いくつもの苦難を乗り越え、口に筆をくわえて、素晴らしい詩画を創作し続け、群馬に富弘美術館が建立されるまでになられたれ方。※今、ブログのために読み返していたらまた涙腺がゆるんできたので、この方の引用文を別記事にまとめてみよう。

 

他にも社外の後輩女子から届いた葉書も宝物である。手作りで楽しいことしか書いてなくて、とても癒された。この行為を見て、私もつらい状態にある友人へは葉書を書くようになった。

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自分ひとりで乗り越えたと言うつもりは毛頭ないのですが、正直時として、勘違いするのですよね、あの時はひとりで生活できた、とかなんとか。ブログで人生棚卸しをしていると、もう、自分の浅はかさに直面し情けなくなります。でも、皆さんとのつながりで今の自分が出来上がっているのですから、情けなさも含めて有難く頂戴いたします。